2021年8月3日火曜日

よく考えると「大正天皇(Emperor Taisho)を救う話」では無く「平成天皇」か「今上天皇」を救う話でも十分マズいんだよなぁ…。明治以前の天皇でも問題はあるが…

大正天皇を救う話は問題だが、昭和天皇だったらもっと問題になるだろうな!

『デビルサマナー葛葉ライドウ対超力兵団(Devil Summoner: Raidou Kuzunoha vs. the Soulless Army)』(プレイステーション2。以下『超力兵団(Soulless Army)』)の第七話は「天皇守護組織・超國家機関ヤタガラス(以下ヤタガラス)の命令で、敵の『呪い』攻撃により危機に陥った大正天皇(Emperor Taisho。天皇とは呼ばれないが天皇としか思えない「やんごとなき御方」)の呪いをライドウ(Raidou)が引き受け、呪いをかけた敵を倒す話」である。反天皇制の者が見れば非常に問題のある話である。
さて、このゲームの舞台は架空の1931年の日本だが、史実ならば「昭和六年」のところをゲーム上では「大正二十年」という架空の元号にしている。これに関しては色々理由はあろうが、そのうちの一つは「昭和天皇(Emperor Showa)を救う話にすると、昭和天皇は戦犯だと考える人から『戦犯を救うとは何事だ!』と言われるから、大正天皇の方が無難だろう」ということではないか、と考えている。「病弱な大正天皇の方が昭和天皇よりシナリオ上使いやすかった」のもあるのだろうけど。

もしこのゲームが平成日本を舞台にしたものだったとしても「天皇を救う話」はマズいだろ…

もし、『超力兵団(Soulless Army)』が平成日本を舞台としたゲームだったら、第七話は「平成天皇(Emperor Heisei)を呪いから救う話」になるのだろう。この時代の天皇は軍の大元帥では無く、単なる「象徴天皇(Symbolic emperor)」であり、日本国憲法の時代だから問題無いように見えるが、しかしやはり反天皇制の者が見れば問題がある。令和時代が舞台であっても同じことだ。
大正以前…、明治天皇(Emperor Meiji)を救う話でもやっぱり問題はある。明治天皇もまた日本軍の大元帥だったのだから。さらにそれより前…、神格化される以前、京都に住んでいた時の天皇を救う話であっても、戦犯である昭和天皇の祖先を救う話はやはりどうかと思う。
何度でも書く。私は天皇を救うような話のある『超力兵団(Soulless Army)』の復刻には一切反対だし、『ライドウ(Raidou)』シリーズ自体の復活にも反対する(どうせ次があったとしても天皇守護のヤタガラスを滅ぼすような話は作れないんだろう?)。